「世にも奇妙な物語」で2004年の秋に放送されたものです。非常に人気が高く、動画投稿サイトではフジテレビの削除要請で消される度に復活するということを繰り返しているようです。
というわけで、
暇だったので消されても内容がわかるように文章に起こしてみました。
「過去からの日記」 新刊書の中扉に“山岡貴志”とサインを走らせる。
(サインの日付が4.8.30なのはミス?) 「これで良いか?」
「おい見ろよ。我らの作家先生のサインだぞぉ!」
山岡がサインした中扉を見せびらかせて友人がおどけてみせる。
テーブルで起きる拍手と歓声。
「やめろって!」
照れたように言う山岡。でも悪い気分はしない。
パブレストランのテーブルに集う数人の男女。大学時代の仲間たちの楽しい語らい。
「へぇぇ!でも凄いよなぁ、ホントに夢叶えたんだから」
と本を手にした友人が言う。
「言っとくけど、コイツがデビューできたのは俺が出版社にいたおかげなんだからなぁ」
編集部に勤める別の友人が得意気に口を挟む。
「で、新作は…いつ出るんだ?」
「まぁ、そのうちな...」
…それから3年。
作家としてデビューしたのはもう3年前。それ以来、1冊も本は出ていない。当然それで食べていけるはずもなく... 波止場の廃材置き場。船から積み降ろされた廃材を運ぶ労働者達。その中に山岡がいた。
…これが現実。ここから抜け出すためには、新作を出すしかない。 時は2004年8月31日、山岡は古本屋の前の棚で自分の本「あこがれ」が平積みされているのに気づいた。しかも5冊が束になってたったの300円。
山岡はいたたまれない気持ちになり、その束を買って家へ持ち帰った。
彼が住んでいるのは古い小さなアパート。机に向かった山岡は、本をたばねている紐をほどいた。
すると5冊あると思っていた自分の単行本は4冊で、1番下になっていたのは日記だった。彼は何気なくしおり紐のかかっている部分を開いた。
8月31日...。今日だ。 そこにはピンクのペンで、
8月31日 {%clear_a%} 今日も何もいいことがなかった。 と書かれていた。
前の日もまたその前の日も、日付とお天気マークが違うだけで、後は同じ、
今日も何もいいことがなかった。 という1行だけが書かれている。
山岡は万年筆を取り、今日の日付の日記に
俺も、同じ と追記した。
何もないよ、いいことなんて...。 すると、山岡が書いた文の下の空白に
俺って誰ですか? 人の日記にイタズラしないでください。 と文字が一文字ずつ浮き上がってきたではないか!
思わず、後ろにのけぞる山岡。
「なんだよ、これ!?」
気味が悪くなった彼はあわてて日記を閉じた。
翌日、山岡は昨晩の不思議な出来事が頭から離れず、ついつい作業現場に日記を持ってきていた。
初めはどういうことか、わからなかった。 とりあえず、自己紹介を書いてみる。
9月1日 くもり 俺の名前は山岡貴志 年は35。仕事は小説家。 といっても、ぜんぜん食べていけなくて、アルバイトに明け暮れる毎日。 一応、新作は書いているけれど、なかなかうまくいかなくて 正直、小説はあきらめようかとおもってます。 まさかその言葉が、本当に届くとは思ってなかった。 少女は病院のベッドで上体を起こし、嬉しそうに日記を書いていた。
9月2日 {%clear_a%} 驚きました。これってどういうことですか? とりあえず、返事書いちゃいますね。わたしの名前は北嶋ゆりえ。 年は17。趣味は読書。近くに大きなけやきの木があって、その下のベンチでいつも本を読んでいます。 で、早速読んじゃいました 「あこがれ」 新刊コーナーに平積みされてたんで、 すぐに見つかりました。 「21世紀期待の新人」ってすごいですね。 感想聞きたいですか? え~っと、初恋の人へのまっすぐな気持ちが 書かれていて、思わず引き込まれてしまいました。 病院の庭にある大きなけやきの木。その根元には3人掛けくらいの小さな白いベンチがあった。少女はそのベンチで読み終わった山岡の本「あこがれ」を閉じ、思わず微笑んだ。
新刊コーナー? なんで3年前の本が? 山岡はいったん日記を閉じると、表紙をめくり中扉を見た。そこには「2001 diary」の文字があった。
翌日、山岡は仕事の休み時間に日記に書き始めた。
9月3日 はれ いきなり変な質問だけど、今そっちは西暦何年ですか? その本が出たのはもう3年前。 それ以来、ぼくの本は1冊もでていません。 けやきの木の下のベンチに座った少女はとても嬉しそうに日記を書く。
9月4日 {%clear_a%} またまた驚きです。 確かに今こっちは2001年。三年先にいる人と交換日記してるなんて、すごく不思議。 でも、とてもステキなことだと思います。 新作、すぐに読めないのは残念ですけど あきらめずに書いてください。楽しみにしてます。 少女の言葉に励まされた山岡は「不完全犯罪」というミステリーを書き上げた。
しかし、パブのカウンターで、山岡に渡された原稿を読み終えた編集者の川本は、深くため息をついて言った。
「こういうのを書けば、うけると思ったのか?」
タバコを取り出す川本。
返答に困る山岡
「いや、別にそういう訳じゃ...」
川本はタバコの煙を吐き出すと、その言葉を遮るように、
「今のお前には本当に書くべきことなんてない」
と言った。
「・・・違うか?」
山岡には返す言葉がなかった。
9月5日 くもり 当分、新作は出せそうにありません。自分 には才能がない。そう考えると不安で死にたくなります。 これは、ものを書く人間じゃないと分からないことかもしれないけど。 夜道をアパートへ戻る山岡の足取りは重かった。
9月6日 {%clear_a%} 死にたいなんて、簡単に言わないでください。 別に隠してた訳じゃないんですけど 私はいま病気で入院中です。 点滴をしながら廊下を歩く少女を突然痛みが襲う。立っていられなくなり、壁に寄りかかって苦痛に顔を歪める。
「・・・病気?」
日記を読み終えた山岡の顔が曇った。
翌日、少女はベッドの上で、春に発売された宇多田ヒカルの「DISTANCE」を聞いていた。母親がやってきて「ゆりえちゃん、具合はどう?」と聞かれ、「大丈夫」と答えるが、表情は浮かない。
9月7日 くもり 昨日は軽々しくあんなこと書いて、ごめん。 毎日、治療大変だね。ゆりえちゃんはほんとうに強い人だと思いました。 それに比べれば、自分が書けないつらさなんてすごくちいさなことだなって 山岡は電車の中で彼女の病状を思った。少女との交換日記につまらない愚痴を書いてしまった自分が恥ずかしかった。
9月8日 {%clear_a%} 心配かけてすいません。私、そんなに強くないですよ。 山岡さんの書けないつらさ、私には想像つかないけど。 でも、私、言葉ってすごいと思います。 どんなに遠くにいてもちゃんと届くから。 時々思うんです。もしロケットに小説家が乗ってたら、 宇宙の美しさをなんて伝えるんだろうって。 きっと私には、思いもつかない言葉なんじゃないかって。 だから山岡さんももっと伝えてください。 言葉を、もっといっぱい。 いつものベンチで夜空を見上げ、微笑む少女。
公園のブランコで夜空を見上げ、少女の言葉を噛み締める山岡。彼女のためにも小説を書きたい。
翌日、アルバイトの作業現場に川本がやってきた。
「え、お前の会社で?」
「ああ…、うちの営業なんて、お前には酷な話かもしれないけどな」
「いや、それは有難いけど。…でも、小説書くには今の方が。また新しいの書こうと思ってさ。今度こそ、」
その言葉は川本に遮られた。
「山岡、もういいだろ?もう35だぞ。そろそろ次の人生考えた方が良いって。面接の日が決まったら、すぐ連絡するから。」
川本は山岡の肩をポンと叩いて去っていった。
やる気になっていた山岡に、現実は厳しかった。
9月9日 くもり 新しい仕事が決まりそうです。たとえ小説を書けなくなっても、くさらずにがんばりたいと思います。 いつも励ましてくれるゆりえちゃんのためにも。 だからゆりえちゃんも早く病気を治して元気になってください。 3年前のその日、少女は看護師に付き添われ車椅子で検査室へ入っていった。少女の腰に消毒薬が塗られ、看護師が骨髄に注射針を刺した。少女は苦痛に顔を歪めた。
9月10日 {%clear_a%} お仕事決まってよかったですね。わたしの方はあまりいい知らせはありません。 山岡さんは骨の痛みって感じたことありますか? はじめてこの検査を受けたとき、痛くて涙が止まりませんでした。 でも今はもう涙なんて出ません。 それでもときどき悔しくて泣きたいときがあります。 わたしだって学校に行きたい。 普通に友達と遊んだり、恋をしたり、そういう当たり前のことをしてみたい。 そう思うと悔しくてたまらないんです。 すいません。今日はちょっと弱気です。 山岡は、複雑な表情で電車の中ではしゃぐ女子高生たちを見ていた。
彼女の今日の日記は、まだ終わりではなかった。病室から窓の外の夕暮れの曇天を見あげ、ちょっと躊躇していた少女は、日記の続きを書き始めた。
私の命はもってあと1年だそうです。 前に、死ぬなんて簡単に言わないで、なんて言ったけど、本当は私も何度も口にしてます。 そこに楽になれるドアがあったら迷わずあけて飛び込みたいって。 すいません。しばらく日記はかけません。ごめんなさい。 日記を書き終えた少女は再び曇天の空を見上げると、少し唇を噛んだ。
それから9日、交換日記は途切れたままだった。山岡は少女が入院した愛美総合病院を訪れた。
しかし、少女が今どうなってるのかを尋ねる勇気はなく、入り口の前で佇むだけだった。
9月18日 はれ その後具合はどうですか? 心配だけど無理に返事は書かなくていいよ。 でも、一つだけ言わせてください。 僕は、ゆりえちゃんがあと一年しか生きられないなんて、信じません。 この日記を書き始めた頃、ぼくは自分を信じられずに、くさってました。 でも今はゆりえちゃんのおかげで、前向きに生きることの大切さを知りました。 人には人を変えられる力がある。 そのつらさは分からなくても、その人を信じて元気を与える力がある。 だからぼくは、ゆりえちゃんが元気になることを信じます。 ベッドに横たわり、山岡の言葉に複雑な思いの少女。
山岡はアルバイト先の作業現場で少女のことを思っていた。
9月19日 {%rain_a%} 励ましの言葉、ありがとう。 わたしももうすぐ自分が死ぬなんて信じられません。 でも、今は奇跡を信じることもできないんです。 小説、書き続けてください。わたしの分まで夢を 叶えてください。山岡さんに出会えてよかった。 最後にいい思い出ができて・・ 山岡は夕暮れの波止場で日記を読んでいたが、
「…なに言ってんだよ。…最後って何だよ。」
と少し怒ったようにつぶやき、万年筆を取った。
少女が日記を閉じようとした時、余白部分に山岡の黒い字が浮かび上がってきた。
明日、君に会いに行きます。 僕にとっては明日。 ゆりえちゃんにとっては3年後の明日。 約束だよ。絶対に忘れないで。 3年たってもゆりえちゃんはきっと生きてる。 だからぼくらは必ず会える。奇跡を起こすのは神様じゃない。 自分だよ。 2004年9月20日 病院の白いベンチに3時。 2004年9月20日、病院の白いベンチに3時...。 日記に書かれた最後の文字を読むと、少女は少し戸惑ったような表情を浮かべた。
9月20日の午後、山岡は就職面接を受けるため、川本の勤める出版社を訪れていた。
一人、会議室で待っていると、川本が入ってきた。
「山岡悪い。部長、30分ぐらい遅れるみたいなんだ。」
「そうか…」
「ごめんな」
山岡は時計に目をやると午後2時を5分ほど過ぎていた。
3年前の同時刻、少女はベッドに横たわり時計を見ていた。彼女の顔には苦悩の色が浮かんでいた。日記の向こうの世界の山岡さんはもうすぐ3年後の自分に会いにくる...。
「川本!」
「ん?」
「すまん」
「おい山岡、どうしたんだよ!?」
山岡は駆け出した。病院のけやきの木の下のベンチに着いた時、ちょうど3時になっていた。
そしてベンチに腰掛けて少女を待った。
その日は風が強く、けやきの木は大きく葉を揺らしていた。山岡の耳に入ってくるのはけやきの枝のざわめきとヒヨドリのさえずりだけ。少女が来る気配はない。
彼は少女を待ち続けた。再び時計を見た時にはすでに4時を回っていた。
山岡はたまらずナースステーションへ行き、少女のことを尋ねた。少女のことを聞いた山岡の顔が曇った。
奇跡は...、起きなかった 山岡は、力なく病院の廊下を歩いた。
彼女は、この2004年の世界には・・・、いなかった 再び、けやきの木の下のベンチに腰掛けると、山岡は日記を開いた。
9月20日 はれ 今日君に会えたよ。 ハタチの君は 彼の万年筆が止まった。しばらく躊躇した後、再び書き出す。
9月20日 はれ 今日君に会えたよ。 ハタチの君はすごく元気だった。 もうすっかり病気も良くなって。僕らはたくさん話をしたよ。 すごく楽しくて。いつのまにかいつのまにか日が暮れてて 山岡の涙がひとしずく、最後に書いた「て」の文字の上ににこぼれる。
万年筆で書いた「て」の文字がにじんだ。
3年前の同時刻、同じベンチに座っていた少女は山岡が涙を流していることを知った。
「…うそつき」
少女はそうつぶやくとペンを走らせた。
よかった。生きているんだね、わたし 少女の目にも涙がいっぱいに溜まっている。
しばらく、少女の字を見つめた後、山岡は続けた。
そう。生きてる。 これから先もずっと。 だからゆりえちゃん信じて欲しいんだ。 ��年後の今日、ここで僕と会えることを。 信じていれば必ず会える。 必ず 山岡の目も、少女の目も涙でいっぱいだった。
ベンチの左側に座っいてた山岡は日記をそっと閉じると自分の右側に置いた。
続いてベンチの右側に座っていた少女が日記を自分の左側に置いた。
自分の右手に何かが触れたことに気づいた山岡が日記に目をやると、手の上に少女の手が重なっていた。おそるおそる視線を上げると、そこには目に涙を溜めた少女がいた。
ベンチの真ん中に置かれた
1冊 の日記に手を重ね合わせ、二人は見つめあっていた。
そして、少女は3年後の山岡に会えた喜びに微笑んだ。
目前の出来事が信じられない山岡が再び自分の右手に目をやると、そこに少女の手はなく、日記も忽然と消えていた。
一人呆然としてベンチに佇む山岡。
僕はずっとそのベンチに座っていた。しばらくして、やっと気づいた。 アパートに戻ると机に向かって万年筆を走らせる山岡。
ぼくには書くべきことがある。伝えるべきことが。 彼が書き始めた原稿のタイトルは「過去からの日記」だった。
拝啓、北嶋ゆりえさん 僕が今ここにいるのは君のお陰です …半年後。
大手書店で山岡貴志のサイン会の準備が進んでいた。
棚には「過去からの日記」の本が並ぶ。帯には“希望を信じ続けた感動の実話”のコピー。
川本が本を手に取り「やっと見つけたな。書くべきことを」と言った。
頷く山岡。
「売り上げも上々でさ、編集長が第2弾を出さないかって…」
「続きはないよ。この物語は完結してるんだ。俺の中では。」と山岡。
春の日差しの中、けやきの木の下のベンチに座る山岡。
それでも僕は今も時々、この場所を訪れる。 まだ、心のどこかで、奇跡を信じているのかも知れない。 目を閉じて少女のことを思っている時、木の葉のざわめきとシジュウカラのさえずりにまじって、近づいてくる足音に気づいた。目を開け、横を見やると、白いパンプスが見えた。彼女は山岡の前で歩みを止めた。
山岡が視線を上げると、その女性はあの日記を携えていた。
山岡は顔を上げ、信じられないといった表情でベンチから立ち上がり、彼女を見つめた。
その時、奇跡は起きた。 そこにいたのは紛れもなく、ハタチになった北嶋ゆりえだった。
彼女はやさしく微笑んだ。
信じてたよ!ずっと。 山岡も微笑み、そっとうなずいた。
30分番組にも満たないショートストーリーですが、映画1本を観た気になるような出来です。
3年間の時空をつなぐ日記が、3年の月日を隔てて同じ場所で重なった時、2つの世界がひとつとなり、3年後の日記が少女のもとに戻ったんですね。つまり少女が未来を取り戻したということでしょう。
山岡の手元から日記が消えたのは、少女が日記を手放す出来事がなくなった。つまり死ぬ運命から開放されたことを意味していると思います。
山岡がナースステーションに少女の消息を尋ねて行ったとき、まだ3年後の日記は彼の手元にありました。だからそのときはまだ奇跡が起きていなかったのです。
これで「過去からの日記」の物語は完結しなかったことになります。きっと山岡は続編を書き、作家として生計を立てられるようになり、二人で幸せな人生を歩むことになるのでしょう。
この物語、ネットで検索してみると、あくまでも西島秀俊が主役ですね。彼は真面目で寡黙でちょっと不器用な男というのが良く似合います。
一方の蒼井優は、ブレイクしたのが2005年以降ですから、まだTVでの認知度は高くありません。私もこの頃は、ちょうどこの年まで出演していた“三井のリハウス”の女の子くらいしかイメージがありません。このドラマをリアルタイムで見た人の中にも「あの少女が蒼井優だったの?」って思う人がいるくらいです。しかしながら、2005年に7本の映画出演作品が公開されている上に、TVドラマでもレギュラー出演があり、この頃から既に超多忙だったようです。
というわけで、改めて蒼井優出演として意識してみているので存在感がありますが、“脇役”として決して出しゃばった演技をしていません。
それから、ちゃんとした台詞としては「うそつき」の一言しかないようです(「信じてたよ。ずっと..。」の部分は何か別のことを言ってます)。後は日記の朗読としてのモノローグだけですね。
そのモノローグが最初は明るく、そして徐々に物悲しくなるところも見事です。
世にも奇妙な物語はほとんどDVD化されていませんが、是非DVDにして欲しい1本です。
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